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今、私が一番好きな選手である、ケビン・ガメイロ。背は小さいけど、スピードとテクニックがあり、とても勘がよい選手です。ゴール前でのポジショニングが良く、ゴールもアシストも出来る。相手DFに前線からプレスをかけ、貪欲なまでにボールを追いかけ、ボールを持ったら相手DFの守備の網を切り裂くかのように、ゴール前に切れ込むその姿は、獰猛なキツネ、ケモノそのものです。

10-11シーズンまで在籍したロリアンでは、2年連続リーグアン得点ランク2位という実績を積み、鳴り物入りで移籍市場に出されたはずでした。さかし、獲得に名乗りを上げていたビジャレアルやバレンシア等のスペインのクラブが、軒並み財政難のため獲得を断念し、最終的には当時カタールのファンドがオーナーに変わり、潤沢な資金を得たばかりのパリ・サンジェルマン(以下「PSG」)がガメイロを獲得しました。
一部には、ガメイロがスペインに行かずにフランス国内にとどまったのは、当時フランス代表監督であったブランからの、国外よりも国内にとどまる方がプレーの機会が増え、代表にも選ばれやすくなるだろうという助言によるものだという話もありましたが、結果的には逆の結論になってしまいました。

もともとPSGのオーナーであるアル・ケラフィ氏の意向ではなく、当時PSGの監督であったコンブアレが獲得を熱望したガメイロは、2011年の冬の移籍市場でコンブアレが解任されると、状況が悪くなりました。ガメイロの様なパサーを必要とするFWを好まないアンチェロッティは、オアロや後に獲得したイブラヒモビッチを1トップに据え、ガメイロは控えに回る日々が続きました。出場時間が減ったガメイロは、ゴール数も振るわず、2011年秋を最後に、代表から遠ざかりました。

2013年、アンチェロッティがマドリーに行ったのと同時に、ガメイロもめでたくスペインのチーム、セビージャに移籍する事が出来ました。2012年のEURO出場を目指してPSGに移籍したが叶わず、今度こそ代表での国際舞台を踏めるかと思われましたが、セビージャでのプレーぶりも、代表のライバルであるベンゼマ、ジルー、レミなどを凌ぐには至らず、2014年W杯に出場することができませんでした。
14-15シーズンは、序盤こそ怪我で出遅れたものの、後半はロリアン時代を思わせるようなケモノぶりを発揮したり、サイドからクロスを上げるなど、ユーティリティ性が向上しました。ガメイロの動きが、ゴール前のアイデアを創造的にするようになったように思います。スタメンで出るよりも、途中出場の方がゴール率が高いというのは、ベンチが定位置になってしまったPSG時代の名残なのでしょうか、要らぬ「習慣」が身に付いてしまいました。

本来のプレーを取り戻し、ELを制し、そしてCL出場権を得た今、来季こそは、スタメンで出てもゴールを決めて、3度目の正直で2016年のEUROに出場してほしいものです。

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by kobo_natsu | 2015-06-01 11:31 | 選手
イタリアは強い

原文

2006年7月9日の夕方、ファビオ・カンナバーロは夜空にW杯トロフィーを掲げた。
「我々選手は、たくさんの幸運に恵まれている。」前イタリア代表キャプテンは言った。
「今度はこれをお返しする番だ。」

Q. 最近はどう、ファビオ?

FC(ファビオ・カンナバーロ):とてもいいよ。僕はずいぶん前にプレーを辞めてるけど、この数年でコーチとして必要な全てとスポーツディレクターの資格を手に入れた。そして今、僕はドバイでコーチをしているけど、将来はどうなるかな。でも、僕は今、このポジションにいる事で、とても幸せなことは確かだ。
プレーする事を完全に辞めてしまったわけではないのは事実だけど…僕はよく、かつての名選手たちとエキシビジョンゲームと呼ばれる資金調達のための試合を共にする。僕は特に、良い事をするため(チャリティマッチ?)のプレーを楽しんでいるよ。僕らは皆、人生においてたくさんの幸運に恵まれていて、ビッグクラブでプレーした。僕らはプロとしてプレーした日々を終え、他の人々に救いの手を差し伸べ、僕らの幸運をお返しする時が来たんだ。僕はいつでもたくさんのファンが、チャリティマッチに来てくれることを願っているよ。

Q. 君が2011年に選手としてのキャリアを終える事を決断するに当たって、一番重要な要因となったのは何?

FC: 2つあって、そのうちの1つは、プロとして長い時間を過ごすことでフィジカルに限界が来たこと。ある程度の年齢に達すると、身体のどこかが常に痛いんだ。僕の場合は、膝の古傷が再発して、僕にとっては法外に大きい問題となったよ。もう1つは、モチベーションの低下。モチベーションのない選手は自らをばかげたものにするし、後に輝かしいキャリアにとって恥となる。

Q. 引退してから最初の日、何があった?君はどう感じたの?

FC: 最初の日、僕は少しもフットボールを恋しいと思わなかったよ。そしてすぐに旅に出た。僕はドバイのアルアハリのアンバサダーとして2年を過ごし、アジアをたくさん旅してまわり、その間に資格(コーチの?)を得た。コーチとスポーツディレクターの役割は、今本当に僕に合ってるよ。僕は練習に僕のアイデアを推進していると感じている。

Q. 君はアハリのアシスタントコーチだけど、僕たちは君がいつか、イタリアでコーチをすると思っていていい?

FC: それは絶対に。僕はイタリア人だし、僕の母国で仕事が出来ることに誇りを感じると思うよ。でも、様々な国で仕事をする機会があって、新しい文化やフットボール、メンタリティを学ぶことも、とても価値あることだよ。

Q. 君はキャプテンとして2006年にW杯トロフィーを掲げたけど、その時の気持ちを表現できる?

FC: いや、それは不可能!僕はベルリンのオリンピックスタジアムで成し遂げた時の気持ちを、今はより強く感じているよ。8年経って、僕はこのW杯での勝利が他の選手たち―普通の選手から名の知れたレジェンドまで―に何をもたらしたかを、当然に意識しているよ。なぜなら、僕たちは今や、世界中のチャリティマッチに招待されているから。

Q. W杯での勝利がどのくらい君の人生を変えたの?

FC: 単純なことだよ、僕らは人々の目に英雄として映った。僕らはフットボールの歴史を作った。個人レベルでは、そう変わらない、僕の人生は確かに優勝する前と一緒だ。僕をよく知る人たちもそう思ってるはずさ。

Q. 地球上で一番大きな大会でプレーするのはどんな感じ?君は国を代表し、世界の優れた選手たちと対峙してきた。それは日本のアニメの「キャプテン翼」(イタリアでは「ホリーとベンジー」)に少し似てないかな。

FC:それはもう、本当に入念な準備が必要だったよ。選手にとって、W杯は普通の事じゃないからね。フィジカルだけでなく、メンタルにも大きな犠牲を伴うしね。W杯は人を限界まで追い込む。プレッシャーも巨大だ。多くの選手はW杯で放てるシュートは一生で1回だろう。僕は4回もW杯で戦えてとてもラッキーだった。

Q. 君は2013年12月に行われたW杯の最終抽選会に参加したけど、ブラジルの印象はどう?

FC: 話をブラジルに戻すけど、フットボールについて話すね。明らかにホスト国であるブラジルから来るニュースは、良いものばかりではない。でも、最後には素晴らしいW杯になるだろう。僕たちはめいっぱいW杯を楽しもう。

Q. イタリアは、どのくらいまで勝ち進むと思う?

FC: イタリアは強いチームだし、チェーザレ・プランデッリはとても良い監督だ。僕は彼らがトロフィーを持って帰れると信じてるよ。

Q. 君はいつでも笑顔でいるけど?

FC: これが僕のやり方だよ。自然な事さ。僕はいつも、物事の真相を見極めることを心がけているよ。世の中には、深刻な問題に見舞われている人々がたくさんいるからね。困難な時ほど、問題に注力しようと努めなければならないよ。僕はそのような力を持っている間は、いつでも笑顔でいるだろう。

Q. 君は去年の秋に40歳の誕生日を迎えたけど、その時に自分の成長を感じた?

FC: (笑いながら)僕の母は、本当に大きくなるのが早いわねって言ってたよ。僕は今、新たな目標を設定している。例えば、監督の職に就きたいとかね。僕は世界中の優秀な監督から学んだ。  僕は自分の持っているものを伝えたい。準備はできている。
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by kobo_natsu | 2014-04-21 13:34 | 選手
アディル・ラミ(DF・フランス代表)は、わずか2シーズンと少しでバレンシアを
去ることになってしまいました。
直接の原因は、「Radio Valencia」でのインタビューで「監督およびチームメート
に対する敬意を欠く発言」をしたということで、クラブが放出を決定したそうなのですが、1月の移籍市場のオープンまでに国内リーグ、カップ戦、ヨーロッパリーグを戦わなくては
ならないのに発言1つで放出を決定してしまうのは、元々監督の構想外にあったな
ど、他にも理由があるのではないかと個人的には思っています。
ラミにはバレンシアが合っていたように見えたので、非常に残念ではありますが、クラブと監督には戦術、選手、サッカーのスタイルを選ぶ自由があると思うので、仕方のない事だと思っています。

ラミは、20歳のときにリールのトライアルに合格してプロ契約を結ぶまでは、庭師
や町の清掃の仕事をしながら、アマチュアのクラブでプレーしていたそうです。そんな異色で夢のある経歴を知り、ラミに注目するようになった方も多いのではないでしょうか。
リールにいた頃は、フランスのゲイの専門誌「Tetu」が毎年行っている、ゲイが選ぶ好きなリーグアン所属のサッカー選手の第1位に選ばれた事があります。

バレンシアに移籍したばかりのときは、リーグアンと同じように激しいボディコンタクトで相手を撃退していたので、いつ退場になるかとハラハラしたものですが、リーガの加減に慣れた今は、守備も幾分クリーンになり、セットプレーではヘディングでゴールも決める頼もしいセンターバックになってきたように見えました。
後方からのフィードセンスはいまいちだけど、そこはクラブでも代表でも、良い相
方に恵まれるツキもあるのでしょう。

次はどこのクラブに行くのかわかりませんが、どこに行っても応援したいと思いま
す。

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去年の10月に、バレンシアのパテルナ練習場であったラミさん。
かわいい笑顔でサインにも快く応じ、握手もしてくれました。
また、会えるといいなぁ。
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by kobo_natsu | 2013-09-27 17:10 | 選手
代表では、1200分ノーゴールという、不名誉な記録をレコードしたベンゼマ。近頃では「免罪符」であったクラブでのパフォーマンスも奮わず、深刻なゴール欠乏症に陥ってしまった。その原因はどこにあるのか。

そもそも彼は、高い技術と天才的なインスピレーションを持ちながら、順応性が極端に低い。クラブや監督が変わる度に調子を落とし、批判の的となって来た。モウリーニョが監督に就任したときになどは正にそうだった。
ゴールから遠い位置からボールをこねて持ち込むのが得意で足の遅いベンゼマは、モウリーニョのサッカーには合わなかった。モウリーニョのサッカーは、ボールを奪ってからゴールまで、いかに短い時間、少ないパスで行うかを競う、これまでベンゼマが経験して来たサッカーとはまるで別の競技であるかの様なものだったからだ。
それでも運良く、ベンゼマはモウリーニョのサッカーに合うように、自らを矯正した。しかし、そのおかげでバルサスタイルを真似たショートカウンターを求められたレブルーでの成績は奮わなくなった。ただでさえ連携の悪さが致命的なのに、なおかつクラブとは違う動きを求められることに、不器用なベンゼマは対応出来なかった。
レブルーでの不調は、指揮官がブランからデシャンに変わっても変わらず、ベンゼマは息苦しそうにプレーするばかりだった。

このように、ベンゼマが不調に陥った原因は、自らの変化への順応性の低さにあると思われる。彼が復調するには、モウリーニョのように彼を矯正するか、彼に合わせたチームに作り替えるかの2択になるだろう。
しかし、今のサッカーのトレンドとしては、1人の選手と心中するような戦術を取る事は難しい。長いシーズンを乗り越えるためには、誰がいつ出ても同じクオリティをキープ出来る、工業製品のような品質の維持が求められられる。
そうなると、ベンゼマの使い方としては、かつてのようにゴールが獲れるようになるまで辛抱強く使い矯正するか、ゴール以外の貢献度を評価し、2列目辺りで使うかという事になるであろう。
これは、代表においては辛抱強く使い続ける猶予はないため、後者の2列目辺りで使うという選択肢に絞られる可能性が高い。さもなければ、外されるまでであろう。実際先日のW杯予選のベラルーシ戦においては、ベンゼマを外す事でベンゼマの出来に左右される事がなくなり、前線の選手の動きが活性化した事で4ゴールを叩き出した。

個人的にベンゼマのひらめきや技術の高さには限りない可能性を感じているので、彼を外すという選択肢は取って欲しくない。近いうちにまた、クラブでも代表でも彼が順応し、ファンの信頼を取り戻す事を願ってやまない。
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by kobo_natsu | 2013-09-25 19:34 | 選手
◎ 松井大輔、リーグアン月間MVPに輝く。

スポーツナビによると、松井は、フランスのスポーツ紙・レキップ、テレビ局・カナル・プリュス及びプロ・サッカー選手協会の選定するリーグアン月間最優秀選手に選ばれたそうです。
レキップは、辛口評価で有名な新聞ですが、松井は以前から、そのレキップから高い評価を得ていたのは、以前ご紹介したとおりです。
セリエやプレミアに比べると注目度の低いリーグアンですが、最近ではフランスやアフリカのスター候補の若手選手や、いぶし銀のベテラン選手の活躍など、他のリーグに引けを取らない選手の質、そして、彼らのテクニックと持ち前のフィジカルの強さで、魅せるサッカーを展開しています。

そんな中で、並居る実力派の選手達を押しのけて1月の月間MVPに輝いた松井の実力は、本物と言えるでしょう。
おそらく、今年のW杯でも日本代表の浮沈の鍵を握る選手となりうるはずです。

奇しくも先日行われた親善試合では、日本代表は未だチームの形が見えずにいるようです。
松井の持ち味は、単に個人技に長けているというだけではなく、パスやドリブルの一つ一つがチームとして連動していることや、自らのプレーを他の選手のビルドアップにつなげられるところにあると思われます。
そのため、意図のないプレーが多い現在の日本代表にとっては、松井のコーディネート能力は、大変有効であると思われます。
この、コーディネート能力については、以前から小野にも備わっているといわれており、イタリアのメディアから「東洋のピルロ」と評されたほどでした。
しかし、小野は、度重なる故障により、試合勘が鈍っているようで、先日の試合は、その持ち味が発揮できなかったようです。

そんな今こそ、松井の出番なのではないかと個人的には思っています。
松井が代表としてプレーすることにより、日本代表を牽引してくれることを期待しています。




長らく更新せずに、本当にスイマセンでした。
そして、CLのアンケートにご投票いただいた皆様、本当にありがとうございます。
ただ今を持って締め切らせていただきました。
明日はいよいよCL再開です。
明日の再開までに結果を集計したいと思っておりますので、少しお待ちくださいね。

最近のマドリーについて、何も書けずにすいません。
とりあえず連勝中なので、マドリディスタにとっては、おめでたいですね。
次のレビューはCLになると思います。
頑張って書きますので、よろしければご覧になってみてくださいね。
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by kobo_natsu | 2006-02-20 20:29 | 選手
先日欧州に行った際に、せっかくなので日本では手に入らない現地のスポーツ新聞やサッカー雑誌をいくつか買いました。
その中の1つ、レキップ紙は、偶然にも松井が活躍したトロワ×ルマン戦の次の日のものが手に入りました。
それによると…

この日のルマンは、4-3-3のトリデンテ。
松井はトリデンテの右サイドで先発出場し、2ゴールをマーク。
試合は1-3でアウェーのルマンがトロワを破りました。

前31分:中盤の底のピボーテであるトーマス(MF・フランス)のアシストを受けてのゴール
前35分:右のピボーテであるホートクール(MF・フランス)のアシストを受けてのゴール

松井に対し、レキップの記者がつけた評価は、両チーム合わせて最高得点である7をマーク。
アシストのトーマスが6、ホートクールも6、その後3ゴール目を決めたフォール(FW・フランス)でさえ、6.5だったのですから、松井のプレーがいかに素晴らしかったのか、想像に難くありませんね。
レキップは評価が辛口なことで有名なので、そのレキップの記者から7点を弾き出した松井は、まさに、ワールドクラスの階段を上りつつあるといえるのでしょうね。

そんなことを思っていたとき、
日刊スポーツでこんな記事を見つけました。

なんと、松井の名前がルマンの新スタジアムの名前の候補として上がっているのだそうです。
もしも実現すれば、「ダイスケ・マツイスタジアム」となるのだそうです。
マドリーのホームである、サンチャゴ・ベルナベウも元は人の名前ですから、あながち考えられなくもありません。
しかも、ルマンの新スタジアムが完成するのは、2~3年後なのだそうですから、その頃まで松井の知名度はもっと上がるかもしれませんから、もしかすると「ダイスケ・マツイスタジアム」は実現可能かもしれませんよね。

これからも、松井の活躍に注目したいですね。
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by kobo_natsu | 2006-01-26 21:48 | 選手
先日のチャンピオンズリーグ、シャルケ04 VS PSV戦で、4ゴールを上げ、決勝トーナメント進出に望みを繋いだコビアジュビリ。
おそらく、ブンデスリーガファンの皆様の間ではおなじみなのかもしれませんが、私は名前を聞いたのも初めてでした。
なので、彼について、わかったことを書いてみました。

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レバン・コビアジュビリ Levan Kobiashvili
1977年7月10日生まれ
現在28歳
身長/体重:183cm/73kg
ポジション:DF(左サイドバック)、守備的MF
グルジア代表


現在は左サイドバックなのだそうですが、本職はピボーテなのだそうです。
そのため、ピボーテとしては、ジェラード(イングランド代表、リバプール)やデ・ロッシ(イタリア代表、AS.ローマ)のように、攻撃参加するタイプと思われます(間違っている可能性が高いので、鵜呑みにしないでください…)。
今度、試合見てから、プレーの詳細について書きたいと思います。

グルジア代表ということは、カラーゼ(DF・AC.ミラン)とチームメイトですね。
グルジアは、男前が多いのかもしれませんね。
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                     2枚ともカラーゼです。

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                      コビアジュビリです。




                           ね?

UEFAに、コビアジュビリの4ゴールについての記事が掲載されています。
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by kobo_natsu | 2005-11-26 14:05 | 選手
近年、日本人選手が海外のへ渡り、クラブレベルで世界を相手に戦うことに目新しさがなくなってきた。
セリエAやプレミア、ブンデスリーガと、欧州各国に進出を果たす中、昨年の夏、日本人としては初めて、フランスのリーグアンに乗り込んだ選手がいた。
それが、松井大輔(MF・日本代表、ルマン)だ。

c0040315_2225050.jpg松井は1981年5月11日生まれの24歳。ポジションは左サイドハーフ。
京都出身ながら、名門・鹿児島実業高校を経て、京都パープルサンガに入り、プロとしてのキャリアをスタートさせた。

松井はあらゆる形でチャンスメイクを為し得る、日本人選手としては希有な存在である。
まず、ドリブル。そして、パス。さらにはポジショニングにより、仲間を的確なパスコースへと導く。

これまで、これらいずれか1つを為し得る日本人選手は何人もいただろう。
しかし、すべてを一定の水準以上で為し得る選手は、いなかったように思われる。

また松井がニュータイプの日本人選手として特化され得るのは、攻撃面だけではない。
生まれついた体格差から、日本人選手は、ボールを持つと欧州の選手から吹っ飛ばされることが多く、それが世界の壁の1つとして日本に立ちはだかっていた。

しかし松井は、体を入れた守備にもよく耐え、相手に対して果敢にボールを奪いに行くたくましさを身につけている。
攻撃と守備、個人技と組織と、何事にもバランスが求められている現代サッカーにおいて、松井はサッカー界のトレンドを押さえた選手でもあるのだ。

サッカー後進国として、常に世界のトレンドから一歩遅れてきた日本において、このように世界の現在的要求に答えられる選手が出てきたことは、革新的であると言えるだろう。
松井の登場は、日本サッカーの進歩の顕在化の1つなのだ。

c0040315_223921.jpg松井のルマンでの成功は、技術のみならず、そのキャラクターによるところも大きいそうだ。
海外に渡った日本人選手は、言葉や文化の壁がプレーに影響し、本来の実力を発揮出来ぬまま帰国する選手が少なくないそうたが、松井はその気さくな性格から、すぐに街の人やチームメイトにも馴染めたそうだ。
チームメイトからは「ダイ」と呼ばれ、監督からは日本語を交えたジョークで励まされるほど、松井はクラブに溶け込んでいる。

海外のクラブに渡った日本人は、よく「サムライ」と称される。
そこには、おそらく彼らが立ち向かわなくてはならないものがクラブ内でのライバルや異文化など、対戦相手だけではないという意味を含むものなのであろうと考えられる。
しかし、松井の場合は、クラブはもちろん、フランスの文化ともよりよい関係を築くに至っており、孤独な戦いを強いられているわけではない。
その姿には、「サムライ」という言葉はあまり似合わない。

しいて言うなら、日本のサッカーのレベルアップをアピールし、友好を深める「親善大使」と言ったところだろう。

クラブでは替えのきかない選手としてチームを牽引しているが、代表においては、未だ松井は来年のW杯に出場できる保障はない。

しかし、松井を応援する日本人の一人としては、どうか彼の活躍がジーコの心を動かしてくれる事を願ってやまない。
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by kobo_natsu | 2005-10-22 21:59 | 選手
c0040315_9111244.jpg先日、AS.モナコの監督を辞任したデシャンの後継として、ラモン・ディアス(FW・元アルゼンチン代表)の名前が挙がっているそうだ。
ラモン・ディアスは、Jリーグの初代得点王であり、Jリーグ創世紀を盛り上げた外国人選手の1人である。
おぼつかない足取りで歩き始めた日本のプロサッカーにおいて、彼のワールドクラスのプレーやメンタリティに魅了された日本のファンは少なくないだろう。

ラモン・ディアスは1959年8月29日生まれの現在46歳。
彼は名門リバープレートでキャリアをスタートさせ、その後インテル・ミラノやAS.モナコなどのクラブを渡り歩き、Jリーグ開幕に合わせて日本にやってきた。

彼は、アルゼンチン代表としても活躍し、左足から繰り出されるシュートは強烈だった。
しかし、決してエゴイストにならず、まわりの選手を活かすことも出来る選手だった。
それはまるで、彼の穏やかで豊かな人間性を表しているかのように見えた。

しかし、彼がエゴイストになれなかった理由は他にもあるように思えた。
彼の代表キャリアには、常に究極のエゴイスト、ディエゴ・マラドーナが伴っていたからだ。

利き足もポジションも同じこの怪物の隣でプレーをしなくてはならなかったディアスは、もしも、マラドーナがいなかったら、80年代のアルゼンチンの英雄となれただろうと言われるほどの才能を持ちながら、常にマラドーナの輝きに霞みがちだったのだという。
また、性格の違いすぎる二人はあまり仲も良くなかったと聞いている。

私がディアスの凄さを思い知らされたのは、ディアスが在籍していた当時の横浜マリノスの練習試合を観に行った時だった。
当時の監督は、ホルヘ・ソラーリ氏(サンチャゴ・ソラーリの叔父)だった。
ディアスは、若い日本人選手達対し、声を張り上げ、時には中盤に下がってまでポジションやパスコースを指示していた。
シュートを外した選手に対しては優しく肩を抱いて指導していた。
その光景を目の当たりにした私は、ディアスのスター似合わぬ真摯な姿勢に心打たれた。
自らの得てきたものを余すところなく伝えようとするその姿は、当時発展途上にあった日本サッカー全体に、世界のレベルをたたき込もうとしているかのようにみえた。

現在の日本サッカーの成長は、ディアスのように表に出ない形で尽力してくれた外国人選手の存在なしではあり得なかったであろう。
彼らは技術のみならず、世界レベルのメンタリティをも伝えてくれたのだ。

日本では、どのスポーツにおいても外国人の台頭を好ましく思わない論調が起こりがちである。それはおそらく、そのことが日本人選手の衰退に直結するという恐怖感があるからであろう。
他のスポーツではわからないが、サッカーに関して言えば、逆にディアスのような外国人選手が、サッカー文化の伝道師として、日本人選手および、日本のクラブの経営陣を世界レベルに引き上げてくれたといっても過言ではないだろう。

c0040315_9114963.jpgそのような伝道師の1人であるディアスが、監督として再び才能を開花させようとしていることは、個人的に喜ばしいことである。
そして、今度こそは誰かの引き立て役に甘んじることなく、主役として欧州サッカー界を席巻してくれることを願って止まない。

bazzinさんが、Jリーグ創世記時代のその他の助っ人外国人選手について書かれています。
→ 「偉大な助っ人たち
とても興味深いですよ!
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by kobo_natsu | 2005-09-30 12:00 | 選手
昨日行なわれた、チャンピオンズリーグ予備予選第3回戦、1stレグ、CSKAソフィア VS リバプール戦において、モリエンテスが2ゴールを挙げたそうです。
試合は、シセ(FW・フランス代表)の1ゴールを含めた1-3でリバプールが勝利し、3回戦突破に王手をかけました。

マドリーで不遇な時を過ごしたモロが徐々に結果を出し始めてきましたね。
1点目はFKからのヘディング、2点目はシセからのクロスをジェラードが胸(かな?)で落とし、それをゴール前でDFを背負ったモロが反転してシュート、という、いずれ彼の持味を存分に発揮できたゴールであったように思いました。

モロはFWでありながら、ゴール前でスペースを作ったり、スルーパスを出すなど、ゴール以外にもチームに貢献しているように思えます。
にもかかわらず、英国の記者からは、ゴール数の少なさから、まだ救世主と呼ぶには早すぎると、厳しい事を言われていました。
しかし、今回の2ゴールで、そのような記者達の評価も変わってくるのではないかと思いました。

昨季はあまり力を発揮できなかったシセとも相性は良いようで、互いの良さを引き出せるこのコンビの今後の活躍が楽しみです。

しかも、さらにうれしいことに、モロは8/17(水)に行なわれるウルグアイとの親善試合での代表に召集されました。
おめでとうございます!

29歳と、選手としてはベテランの域に差し掛かっていますが、厳しいポジション争いをくぐり抜けて、レギュラーに返り咲いて欲しいですね。

《 補足 》 スペイン代表招集リスト(05/8/17: VS ウルグアイ戦)

GK:
カシーリャス(マドリー)
レイナ(リバプール)

DF:
プジョル(バルセロナ)
マルチェナ(バレンシア)
セルヒオ・ラモス(セビリア)
デル・オルノ(チェルシー)
パブロ(アトレティコ・マドリッド)
ファニート(ベティス)
サルガド(マドリー)

MF:
デ・ラ・ペーニャ(エスパニョール)
ホアキン(ベティス)
シャビ(バルセロナ)
セルヒオ(デポル)
ルケ(デポル)
A.ロペス(アトレティコ・マドリッド)
ルイス・ガルシア(リバプール)
シャビ・アロンソ(リバプール)
ビセンテ(バレンシア)

FW:
ラウール(マドリー)
F.トーレス(アトレティコ・マドリッド)
タムード(エスパニョール)
モリエンテス(リバプール)

そういえば、兄貴と舎弟との対決ですね。放送して欲しいですね。
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by kobo_natsu | 2005-08-12 10:07 | 選手