「The Cup of life」に思いを馳せる

私は無類のサッカーバカ。
そして、そんな私が、サッカーと同じくらい入れ込んでいるのは、カラオケ。
昨日も、会社帰りに友人と待ち合わせ、二人で約4時間に渡り、終電間際まで歌いました。もちろん、お互い次の日も仕事はあります。病的ですね・・。

オレンジレンジやケツメイシなど、心地よいビートにカッコ良く日本語を乗せたスマートな歌は、もちろん歌えない。ダイレクトボレーを決めるのと同じくらい、難しい。浮き球を空振りするがごとく、私の放つ日本語は、音程からもリズムからも外れてしまう。

そんな私が、カラオケに行くと、二回に一回は歌う歌がある。
それは、リッキー・マーティンの「The Cup of life」。
この歌は、98年W杯の公式テーマ曲である。98年W杯といえば、我らがフランス代表が、初めて世界を制した大会。

この大会の決勝で、ジダンは2得点をあげて、試合を決めた。
かつてナポレオンが、自身の手により冠をかぶったがごとく、ジダンは決勝において、自身のヘディングにより2得点を上げ、フランスの王者戴冠を印象付けた。
しかし、この偉業は、ジダンだけの力によるものでは、決してない。あの頃のフランス代表には、デシャン、ブラン、リザラズ、プティなど、ジダンの才能を扱える選手が、たくさんいたのだ。
もちろん、彼ら自身も、各自のポジションにおいて、技術・経験共に超一流のスペシャリストであった事は、言うまでもない。

さらに言うと、あの大会は、W杯初優勝という以外にも、フランスにとって重要な意義をもつものであった。
それは、あの優勝が、フランス国民の心を一つにまとめたということである。

フランスでは、未だ、宗教や民族の違いによる差別が厳しいのだという。
当時のフランス代表は、移民の子供やバスク人、フランスの旧植民地から帰化した選手などにより構成されていた。そして、彼らの多くは、幼い頃から、厳しい差別と戦って来た者達だ。
そのため、彼らに対して国民からは、「真のフランス代表ではない」という、心ない批判が浴びせられていた。

しかし、フランス代表は、勝ち進むたびに、フランス国民の信頼を得、優勝することにより彼らの心をつかんだ。
あの「戴冠式」は、フランス代表のみならず、フランス国民全員が、一丸となって戦ったことによりなしえたものなのだ。

そんな、古き良き時代に思いを馳せながら、私は、リッキー・マーティンの「The Cup of life」を歌うのだ。

今のフランス代表は、W杯予選では苦戦を強いられている。輝かしいあの頃に引けをとらないほど、今の代表もスペシャリスト揃いなのにもかかわらず。
苦戦の要因は、選手のメンタリティの統一の欠如と、監督の戦術の不徹底であると、個人的には分析している。とにかく、やることなすこと、バラバラなのだ。

とりあえず、W杯優勝とは言わないから、予選突破を期待しています。

写真は、ブランとバルテズ。試合前の恒例の、必勝祈願の儀式でした。熱い‥。


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